コンテンツにスキップ

2章 卒論=技術文章の書き方

2.2.6 測定方法

前回の輪講に引き続き、論文の構成について詳しく紐解いていきます。

(1) 測定の目的

測定の目的はアイテムに用いたアイデアの有効性を予測することです。そしてその目的を達成するために、必要な値を数字として得ることが目標になります。
加えて、単に一つの条件下の値だけではなく、いろいろな条件で測定することで目標達成度を探る必要もあります。

(2) 章のタイトル

章のタイトルには、評価するパラメータを含めます。例えば、捕虫ロボットの探索システムであれば、「探索性能測定方法」のようにできるでしょう。

(3) 測定の計画

アイテムの目標達成度を測るためには、アイテムの基本性能と性能限界を表せるように測定を計画します。「アイテムの基本性能」とは目標の達成状況、「アイテムの性能限界」とは基本性能を発揮できる範囲のことです。
それぞれの測定は特別なものではなく、たいていは、当該分野で標準的に用いられる測定の組み合わせとなる。

(4) 測定値を比較する

データを比較したいときは、「測定方法」に測定データの差の評価方法を示します。

例2.37

従来の陽極Aと開発した陽極Bを用いて試作した電池の放電容量を、××法を用いて測定する。それぞれ5個を測定し、結果を平均値±標準偏差で示す。両群の差はt検定を用いて評価する。


以上のように示します。対応する結果の示し方は2.2.7項で説明します。

(5) 文末表現

測定したことは過去の出来事ですが、測定方法を決めたのは測定するより前のことです。「〜した」も「〜する」も違和感ないため、どちらを用いてもかまいません。書き上げた後、違和感なく読めることを確認してください。

(6) 気を付けること

(1) 分かったつもりになっている

自分で測定をしていると、いつもの手順の繰り返しになり、必要な情報をついつい書き漏らしてしまいます。初めてその測定をセットアップするときを頭の中でシミュレーションして、手順を確認します。
ときとして、測定結果は示されているのに、その測定をどのように実施したかの「方法」が抜け落ちた原稿をみます。「測定結果」を記した後で、

  • 記述された手順に沿って測定すれば、示されたデータを得られるか

  • データの統計処理方法を記しているか

を確認します。

(2) 設定パラメータを明示する

測定方法には、測定手順、使用器具、設定条件、および測定データの処理法を記します。このうちの設定条件(パラメータ)の記載が不十分なものを見かけます。以下のような例です。

例2.38

【×な例】
入力電圧を変えて出力電圧を測定する。


【〇な例】
〇〇回路の入力電圧を、-2Vから+2Vまで0.1Vステップで変化させたときの出力電圧を測定する。


(3) 曖昧となりやすい語

  • 性能 : 「エンジンの性能を向上させる」と記されているだけでは、燃費の向上か最高出力を増加か、振動を減らしたいのかなど、どのパラメータに着目しているのかが分かりません。「〇〇の特性」というように、対象とするパラメータを明確にします。

  • 分析 : 「分析」は、物事を細かな要素に分けて調べるとの意味です。「~を測定して分析する」などの表現を見ますが、値を求めることは測定であって分析ではありません。

(4) 誤用されやすい語

  • 評価 : 「評価」とは、ある基準を用いて価値や優劣を定めたものです。何らかの特性を測定しただけでは「評価」とはなりません。

例2.39

【×な例】
二輪車コーナリング時のバンク角を評価した。


と記されていても、「バンク角」は数値です。正しい表記にするには??

例2.39【〇な例】 二輪車コーナリング時のバンク角を測定した。


例2.40

【△な例】
試料の強度を評価する。


試料の特定用途への適合性を検討したのであればこれは適切です。単にモース硬度を測定しただけの場合は「評価」ではなく「測定」です。

  • 調査 : わからないことを「調べる」ことを「調査」と呼びます。特性を図ることを「調査」とは呼びません。

例2.41

【×な例】
信号の周波数を変更してフィルタ出力電圧を調査した。


この表現は、調査ではなく測定です。何かを調べるとかではなく、値を取っているだけっぽいから(主観です)。

例2.41

【〇な例】
絶縁材料の絶縁破壊電圧を調査した。


壊れない限界を調べているから調査で大丈夫。

  • 効率 : 一般的には「仕事の効率」のように、時間や労力を減らすとの意味でつかわれる言葉ですが、エンジニアリングの世界では、エネルギーの伝達がどれだけ有効に伝えられたかを表す特性値のことです。なので、エネルギーとして測ることのできないものであれば「効率」とはいいません。

例2.42

【×な例】
計算効率を向上させるために、プログラムを見直した。


例2.42【〇な例】 計算時間を短縮させるために、プログラムを見直した。


2.2.7 測定結果

(1) 「測定結果」と「考察」

「測定結果」と「考察」を分けることも、合体して一つの章とすることもありますが、これはどちらでも書きやすい方を用いましょう。注意すべき点を述べるためにここでは分けて説明します。

「測定結果」で記すことは、

  • 測定やシミュレーションから得られた数値

  • 数値を解釈するための統計処理結果

これに対して「考察」では、

  • 得られたデータから明らかになったこと

  • 研究目的を達したか、目標とした特性を得られたか

を論じます。

「結果」と「考察」は別物です。これまでも口酸っぱく言われてきたと思います。

(2) 節・項の順序とタイトル

「測定結果」の章の節・項の順序とタイトルは、「測定方法」の章と対になるようにします。

(3) グラフを用いる

例2.44

○○ダイオードのアノード-カソード間の印加電圧を0.5Vから50mV刻みで0.7Vまで上昇させたとき、ダイオード電流は、2.02μA、13.8μA、94.7μA、248μA、4.43mAとなった。


と言われて、「あぁ、なるほど。アノード-カソード間電圧に対してダイオード電流は指数的に増えてるのか。ただ0.65Vのデータがずれてるね。」とすぐに分かる人はいないと思います。以下のようにグラフにすれば読み手にすぐ伝わります。

図1 図1. 例2.44のグラフ

(4) 想定外の測定値について

上の図に示された0.65Vのようにおかしいと思われた値について、「理論曲線からはずれている」との理由で測定点を取り除くのは、「データ偽造」です。こういうときはいい感じの値が取れるまで再測定するか、時間がないなら値はそのままにして「考察」で言い訳をしてください。(データ偽装で世間を賑わしたSTAP細胞は2014年←!?)

(5) 結果を解説する

グラフだけ見せられても読み手にはどこを見てなにを読み取ればいいかすぐには分かりません。書き手が読み取った「要点」を解説する必要があります。

(6) 結果を比較する

2種の陽極AとBを用いて試作した電池から、例2.47に示すような結果を得たとします。

例2.47

【×な例】
表 試作電池の放電容量
放電容量〔W・h〕
陽極/サンプル 1 2 3 4 5 平均
A 11.5 12.5 9.9 10.5 12.2 11.32
B 10.8 10.3 13.5 12.7 15.1 12.48


このように測定したデータを全て論文に示す必要はありません。平均値と標準偏差を示します。測定結果をすべて示さなくても、平均値と標準偏差がわかれば傾向をつかむことができます。

【〇な例】
それぞれ5個の電池の放電容量を測定した結果を、平均値±標準偏差として示す。陽極Aを用いたものは11.32±1.11W・h、陽極Bでは12.48±1.97W・hであった。


(7) 差を判定する

Q. 例2.47の結果では、陽極Aに比べ陽極Bを用いたときの放電容量が10.2%(12.48 / 11.32 = 110.247...%)大きくなっています。この結果から「改良した陽極Bによって放電容量は増加した」と記してよいでしょうか。
A. だめです。


陽極Bの平均値は大きくなっていますが、平均値にも1/n(nはサンプル値)のばらつきは残されます。したがって、この平均値は、たまたま+10.2%になったと考えられます。なので、平均値だけでは、「増加した」ということはできません。
「増加した」といえるかどうかは、統計検定を用いて調べます。差があると述べたいときには、差はないとする仮説(帰無仮説)が否定されることを確認します。

帰無仮説って何? + t検定の予備知識 帰無仮説は、統計学において仮説検定を行う際に設定される否定的な仮説のこと。例えば、「新薬と従来の薬の効果に差がない」といった内容。これを否定することで、差がある、つまり効果がある、といった結論が得られる。否定するための指標の一つとしてt統計量がある。 t検定とは、統計学で2つのグループの平均に差があるかどうかを調べるための検定方法で、2つのグループの平均の差、データのばらつき、データの数に基づいてt統計量を計算する。計算したt統計量を基に、偶然に差が出る確率(p値)を求め、その値から帰無仮説の結論を判断する。 p値が大きいと「増加したっぽいけど偶然じゃね?」と言えてしまう。p値が小さければ、帰無仮説を否定できるため「偶然じゃなくて増加してるかも」と言える。小さいの基準値として、5%(p=0.050)や1%(p=0.010)がよく用いられる。


例2.47の表2のデータから、t統計量を求めるとp=0.29となります。p値は「陽極Aと陽極Bを用いた放電容量に差はない」とする帰無仮説が成立するときに、この程度の差(+10.2%)が生じる確率です。p=0.29ですから、10回実験すれば3回くらいは、この程度の差が生じます。
科学技術の業界ではp≧0.050(5%)では「差がないというのは危険だ」と考えます。ですから、

例2.48

各5個の電池の放電容量を、平均値±標準偏差として示す。改良した陽極Bを用いたものは12.48±1.97W・hであり、陽極Aを用いたものの11.32±1.11W・hに比較して10.2%大きな値を示した。しかし、t検定を実施したところp=0.29であり、有意差は認められなかった。


のように、p値とともに「有意差は認められない」と記します。

有意差・・・? 「確率的に偶然とは考えにくく、意味があると考えられる」ことを指す。


(8) 文末表現

測定したのは過去のことだから、「〜した」 「〜であった」と記す。ただし、結果の表し方や図表を説明する文は「〜示す」とする。

(9) 気を付けること

(1) 「成功した」と記さない

ときとして「成功した」との記述を見ますが、これは読み手になんの情報も伝えられません。「成功」という言葉の定義をちゃんとしていないとなにも伝わりません。

例2.49

【×な例】
AIピッチングマシンの開発に成功した。


【〇な例】
投球数100球のうち目標範囲内を97球が通過した。


にようにして書きます。工学系卒論では、データに語らせます。「よい結果であった」のような飾り言葉はいりません。

(2) 「できた」と記さない

「成功した」と同じく、「できた」というのも稚拙です。理由は「成功した」と同じく、どうなったら「できた」と判定できるかが分からないです。

【×な例】
障害物を検出するための超音波センサができた。しかし、すべての障害物を検出できたとは言えなかった。


【〇な例】
直径40mmおよび50mmの球体を用いて超音波センサの検出能力を確認した。正面軸上および正面軸から垂直および水平30°方向、それぞれ100mmの距離に球体を配置したところ、直径50mmの球体ではすべて検出されたが、直径40mmの球体では垂直30°方向で検出できなかった。


(3) 述語を羅列しない

結果の説明では、述語が羅列された冗長表現を書いてしまいがちです。

判定成功率が向上することが示されている。

判定成功率を○○%から□□%に向上した。

応答が早められたと考える

応答時間を△△msから▽▽msに短縮した。